What If (2-2)
電車を目の前で逃してみた。そう、逃したんじゃなくて、逃してみた。全力で走ったら間に合っていたはずだ。まずはこういうところからだ。
いつもは全力で走って間に合わせる方が電車を逃すことより楽だった。電車を逃すことにも力が必要だからだ。「一本逃してもなんとかなる」という自信が必要だ。一本逃したらどうにもならず飛行機を逃して途方にくれる将来の方が、一本逃しても他にも方法はあってなんとか間に合う将来よりいつも百万倍リアルで説得力があった。
一本後の電車で渋谷に辿り着き、重いスーツケースを持ってぎこちない姿勢で渋谷駅の階段を降りていった。半分も降りていないところで息が上がって立ち止まっていた。後ろから「持ちましょうか」と声をかけられた気がした。気づいたら階段の下まで私のスーツケースを運んでくれた人。「お気をつけて」と一言残して去っていった。
東京に住んだ十数年の間、いつも二、三十キロはあるスーツケースを持って何十回も駅の階段を登り降りした。持ちましょうかと声をかけられたことは手に数えるほどしかなかった。
私に頼れるものは自分しかいない。みんなはゆっくり歩いても大丈夫。私はゆっくり歩いてっちゃどこにも辿り着けない。そういえば別に東京に来る前からそうだった。一人で勝手に育った。生きることってそんなものだと繰り返し学んだ。
声をかけてくれる人が一人でもいたなら違っただろうか。空港に向かう電車の中でずっと考えた。私に親切な東京を、私に親切な人たちがいる東京をいまだに珍しく思う。帰ろうとも帰れる場所なんてないと思っていた私に、今日ここで死んだら誰かに気づかれるまで何日かかるんだろうと考えさせた心無い都市の方が、私が慣れ親しんでいる東京だった。
そんな東京に逃げるように帰ってきた。渋谷のスクランブル交差点を目にした瞬間、ホッとした。変な気分だった。住んでいた十数年間一度もホームには感じられなかったこの都市が、もう住所も無くして本当にホームではなくなった今、この上なくアットホームだった。
家族が力にならなかった私に、ゆるい家族のようなものが人生で初めてできた。この嫌な都市を今度こそ出てやると決めた頃だった。出ていく頃になってホームになるとか、笑っちゃうくらい悉くいつもタイミング悪かった日本で過ごした私の時間にぴったりなフィナレじゃないか。住所があろうがなかろうがホームはそういうものをホームだと呼ぶはずだ。